2003年06月15日
お願いだから給食にして
食べる事について、今までも色々と綴ってきた。そして、最近驚きの事実に遭遇した。
何を隠そう我が武蔵野市は中学校給食は未だ実現していない。市長の方針なので、今回の選挙で「あ〜〜〜また4年間は中学校給食は実現しない。」とお嘆きの主婦が、私を含め周りにも沢山いる。
実現しない理由は様々で『親の作るお弁当=親の愛情』という図式は絶対的に存在している。中学校給食への要望は親が手抜きをしたいから・・・と反対派の意見。果たしてそうなのか?
要望派の理由の第一は、成長期にバランスよく食事を摂る事は大事な事で、お弁当は偏ってしまい、野菜不足になりがちである事、また季節柄、学校からのプリントには「食材は加熱調理する。そのままで食べられるハムや練り物は入れない。」「煮物など水分の多いものは入れない。あるいは揚げるなど加工する。」「仕切りに生野菜は使わず、アルミカップなどで仕切る。」などなど食中毒を防ぐためのお弁当の作り方が配布される。一体何を入れればいいのよぉー!と日々頭を悩ます為実現して欲しいというもの。
これらが表面的に論議される内容なのだが、今のこの便利で飽食な時代、料理ができない、しない親が増えている為、コンビニ弁当、調理パンなどいわゆる「買い弁」の回数が多かったり、バランスを考えるなどとは程遠いお弁当が多い現実が存在している。
その証拠に娘の友達で「おかずは、たまご焼がいい!」と言ったら、次の日、白いご飯とたまご焼だけ。「お肉がいい!」と言えば白いご飯と炒めたお肉のみ。
別のお友達はバイトでヘトヘトに疲れて夕飯を楽しみにして帰れば、母親は既にベッドの中。「冷蔵庫に夕飯が入ってる。」というメモにドアを開けてみればファーストフード店で買った紙コップに入ったクリームソーダーだったというから耳を疑う。
まぁこのお嬢さんは日頃から出来合いのモノが食卓に並ぶお家で、そんなに食事に期待はしていないと日々言っているが、さすがに「呆れてモノが言えなかった。」と娘に嘆いたという。聞いた娘も驚きよりも同情、苛立ち・・・複雑な心境だったという。
保育園の先生から伺った話では、年に数回の遠足のお弁当がコンビニのサンドイッチだったり、ご飯と唐揚だけ・・・だったりするという。コンビニのサンドイッチに至っては買ってそのまま、コンビニの袋に入れたまま持たせるというのだから、信じられないがこれもまた驚きの現実だ。
子供が楽しみにしている遠足の日ぐらい、買ったサンドイッチでも、せめて切ってお弁当箱に並べるぐらいはして欲しいとお願いすれば(どうしてお願いなのかと首をかしげるが)「朝は忙しいから。」の理由になすすべも無いと言う。
このような食事環境で育った子供たちは、成人して家庭を持っても同じ道を進む可能性が高いと推測され、人が命を紡いでいく大切な「食べる」という行為に対し、興味や楽しみを持たない人口が確実に増えて行くであろうと危惧されている。
食事周りに関して心を痛めている料理人、食に関わる人、教育者は何とかならないものなのかと、今までもコツコツと地道に活動されている。今後、誰にメッセージを投げてゆけば良いのか・・・・。既に子育て中の親よりも中高校生や若い世代に危機感を持ってもらわなければならない時代に移行してきているなと、ふと感じた。
食べるという行為は、単にお腹をいっぱいにするだけのものではない。行事や季節を感じ、食材の恵みや作り手に感謝し、会話を楽しみ、初めて満腹感を味わうものだと思う。
お弁当を持たせる=親の愛情という算式はすでに現実問題として、通用しなくなってきているように思う。そのような算式に囚われず、ここまで来てしまった食事に関する現状を把握し、少しずつ改善していかなくてはならない。
中学校給食制度には莫大な資金が必要だが、日々元気で暮らす事と、食べる事は切っても切れない関係にある以上、特に若年層に食の大切さというものを教育の一環として早期に実現してもらいたい。ドーカひとつ!そのように考えてもらえないモノでしょうかね〜?手抜きがしたいという姑息に見える意見だけではないという事をわかってもらいたいニャー。(=^・^=)ダメっすかね?(
何を隠そう我が武蔵野市は中学校給食は未だ実現していない。市長の方針なので、今回の選挙で「あ〜〜〜また4年間は中学校給食は実現しない。」とお嘆きの主婦が、私を含め周りにも沢山いる。
実現しない理由は様々で『親の作るお弁当=親の愛情』という図式は絶対的に存在している。中学校給食への要望は親が手抜きをしたいから・・・と反対派の意見。果たしてそうなのか?
要望派の理由の第一は、成長期にバランスよく食事を摂る事は大事な事で、お弁当は偏ってしまい、野菜不足になりがちである事、また季節柄、学校からのプリントには「食材は加熱調理する。そのままで食べられるハムや練り物は入れない。」「煮物など水分の多いものは入れない。あるいは揚げるなど加工する。」「仕切りに生野菜は使わず、アルミカップなどで仕切る。」などなど食中毒を防ぐためのお弁当の作り方が配布される。一体何を入れればいいのよぉー!と日々頭を悩ます為実現して欲しいというもの。
これらが表面的に論議される内容なのだが、今のこの便利で飽食な時代、料理ができない、しない親が増えている為、コンビニ弁当、調理パンなどいわゆる「買い弁」の回数が多かったり、バランスを考えるなどとは程遠いお弁当が多い現実が存在している。
その証拠に娘の友達で「おかずは、たまご焼がいい!」と言ったら、次の日、白いご飯とたまご焼だけ。「お肉がいい!」と言えば白いご飯と炒めたお肉のみ。
別のお友達はバイトでヘトヘトに疲れて夕飯を楽しみにして帰れば、母親は既にベッドの中。「冷蔵庫に夕飯が入ってる。」というメモにドアを開けてみればファーストフード店で買った紙コップに入ったクリームソーダーだったというから耳を疑う。
まぁこのお嬢さんは日頃から出来合いのモノが食卓に並ぶお家で、そんなに食事に期待はしていないと日々言っているが、さすがに「呆れてモノが言えなかった。」と娘に嘆いたという。聞いた娘も驚きよりも同情、苛立ち・・・複雑な心境だったという。
保育園の先生から伺った話では、年に数回の遠足のお弁当がコンビニのサンドイッチだったり、ご飯と唐揚だけ・・・だったりするという。コンビニのサンドイッチに至っては買ってそのまま、コンビニの袋に入れたまま持たせるというのだから、信じられないがこれもまた驚きの現実だ。
子供が楽しみにしている遠足の日ぐらい、買ったサンドイッチでも、せめて切ってお弁当箱に並べるぐらいはして欲しいとお願いすれば(どうしてお願いなのかと首をかしげるが)「朝は忙しいから。」の理由になすすべも無いと言う。
このような食事環境で育った子供たちは、成人して家庭を持っても同じ道を進む可能性が高いと推測され、人が命を紡いでいく大切な「食べる」という行為に対し、興味や楽しみを持たない人口が確実に増えて行くであろうと危惧されている。
食事周りに関して心を痛めている料理人、食に関わる人、教育者は何とかならないものなのかと、今までもコツコツと地道に活動されている。今後、誰にメッセージを投げてゆけば良いのか・・・・。既に子育て中の親よりも中高校生や若い世代に危機感を持ってもらわなければならない時代に移行してきているなと、ふと感じた。
食べるという行為は、単にお腹をいっぱいにするだけのものではない。行事や季節を感じ、食材の恵みや作り手に感謝し、会話を楽しみ、初めて満腹感を味わうものだと思う。
お弁当を持たせる=親の愛情という算式はすでに現実問題として、通用しなくなってきているように思う。そのような算式に囚われず、ここまで来てしまった食事に関する現状を把握し、少しずつ改善していかなくてはならない。
中学校給食制度には莫大な資金が必要だが、日々元気で暮らす事と、食べる事は切っても切れない関係にある以上、特に若年層に食の大切さというものを教育の一環として早期に実現してもらいたい。ドーカひとつ!そのように考えてもらえないモノでしょうかね〜?手抜きがしたいという姑息に見える意見だけではないという事をわかってもらいたいニャー。(=^・^=)ダメっすかね?(
Posted by @ひろみ at 23:28
│徒然